
労働者を1名でも雇用した瞬間から、企業には労働基準法に基づく帳簿作成・保存義務が発生します。しかし、多くの沖縄県内中小企業で、この法定帳簿の整備が不十分であることを現場で目の当たりにしてきました。
「うちは社員が少ないから大丈夫」「給与明細があれば十分でしょう」といった認識のままでは、労働基準監督署の調査で重大な指導を受けるリスクがあります。
今回は、労働基準法で義務付けられた「法定三帳簿」の正しい整備方法と、違反時のリスクについて実務的な観点から解説いたします。
法定三帳簿とは何か - 3つの必須帳簿を理解する
労働者名簿(労働基準法第107条)
労働者名簿は、いわば従業員の「戸籍」です。事業場ごと、労働者ごとに作成が必要で、以下の項目を必ず記載しなければなりません。
必須記載事項:
- 氏名、生年月日、履歴、性別、住所
- 従事する業務の種類(常時30人未満の事業場は不要)
- 雇入年月日
- 退職年月日及びその事由(解雇の場合はその理由も含む)
- 死亡年月日及びその原因
保存期間: 労働者の死亡・退職・解雇の日から3年間
賃金台帳(労働基準法第108条)
賃金台帳は給与計算の基礎となる重要な帳簿です。給与明細とは異なり、労働時間の詳細な記録が求められます。
必須記載事項:
- 氏名、性別、賃金計算期間
- 労働日数、労働時間数
- 時間外労働時間数、休日労働時間数、深夜労働時間数
- 基本給及び手当その他賃金の種類ごとの額
- 賃金控除した場合の項目と控除額
保存期間: 最後の記入をした日から3年間
出勤簿(労働基準法第109条)
出勤簿は労働時間を正確に記録するための帳簿で、タイムカードとは異なる性質を持ちます。
記載すべき事項:
- 出勤日及び労働日数
- 始業・終業時刻及び休憩時間
- 日別の労働時間数
- 時間外労働、休日労働の日付・時刻・時間数
保存期間: その処理が完結した日から3年間
よくある法定帳簿の不備事例と対策
ケース1:賃金台帳の労働時間記載漏れ
問題: 基本給や手当の記載はあるが、残業時間数の記載がない リスク: 残業代未払いの疑いを持たれる 対策: 給与計算システムで時間外労働時間を自動集計し、台帳に反映
ケース2:出勤簿の客観性不足
問題: 手書きの出勤簿のみで、客観的な労働時間の確認ができない リスク: 労働時間の改ざんを疑われる 対策: タイムカードやICカードなど客観的記録との照合体制構築
ケース3:保存義務違反
問題: 退職者の帳簿を即座に廃棄してしまう リスク: 30万円以下の罰金(労働基準法第120条) 対策: 保存期間管理システムの導入
帳簿名 | 主な不備事例 | 対策のポイント |
---|---|---|
労働者名簿 |
・退職事由の記載なし ・履歴欄の空白 |
・退職時の手続きチェックリスト作成 ・入社時の履歴確認の徹底 |
賃金台帳 |
・労働時間数の記載なし ・性別記載の漏れ |
・給与計算ソフトでの自動連携 ・毎月の記載内容チェック |
出勤簿 |
・始業終業時刻の未記載 ・休憩時間の記録なし |
・客観的記録との照合 ・労働時間管理システム導入 |
沖縄県内企業の実情と特有の課題
沖縄県内の中小企業では、以下のような課題が散見されます。
人事労務担当者の兼務による知識不足 多くの中小企業で、経理担当者が人事労務も兼務しており、労働法の専門知識が不足しがちです。特に法定帳簿の作成義務や保存期間について、正確な理解ができていないケースが多く見受けられます。
アナログ管理による記録の不備 紙ベースでの管理が多く、記載漏れや計算ミスが発生しやすい環境にあります。また、台風などの自然災害時における帳簿の保護についても課題となっています。
デジタル化で効率的な法定帳簿管理を実現
クラウド型勤怠管理システムの活用
沖縄県内でも導入が進むクラウド型システムなら、客観的な労働時間記録と法定帳簿の自動作成が可能です。初期費用を抑えながら、法令遵守体制を構築できます。
給与計算ソフトとの連携
勤怠データを給与計算ソフトに連携することで、賃金台帳の自動作成が可能になります。手作業による転記ミスを防ぎ、労働時間と賃金の整合性を保てます。
今すぐできる法定帳簿チェックポイント
1. 保存期間の確認 退職者の帳簿が適切に保存されているか、保存期間(3年間)を過ぎた帳簿の処分は適切に行われているかをチェックしましょう。
2. 記載内容の完全性 各帳簿に法定記載事項がすべて記載されているか、月次でチェックリストを用いて確認することをお勧めします。
3. 客観的記録との整合性 特に出勤簿については、タイムカードやICカードなどの客観的記録と整合しているか定期的に照合しましょう。
まとめ:適切な労務管理で企業リスクを回避
法定帳簿の適切な整備は、労働基準監督署の調査対応だけでなく、労働紛争の予防や適正な労務管理の基盤となります。特に沖縄県内の中小企業では、人材確保の観点からも、法令遵守による信頼性の確保が重要です。
デジタル化による効率的な帳簿管理と、専門家によるサポートを組み合わせることで、法的リスクを最小限に抑えながら、本業に集中できる環境を整えることができます。
法定帳簿の整備でお困りの際は、ぜひお気軽にご相談ください。沖縄の企業様の実情に即した、実践的な解決策をご提案いたします。
つばさ社会保険労務士事務所
代表 玉城翼(社会保険労務士・キャリアコンサルタント)
沖縄県内中小企業の労務管理・組織づくりをサポート
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このコラムを書いている人

玉城 翼(たまき つばさ)
社会保険労務士/1級FP技能士/キャリアコンサルタント/宅地建物取引士
1982年沖縄県宜野湾市出身。大学時代より地域貢献に関心を持ち、卒業後は販売・イベント・不動産業務など多分野を経験。その後、労務管理やキャリア支援に従事し、実務を通じて社会保険労務士を志す。
2021年より総務部門を統括し、給与計算・労務管理・制度改定・電子申請導入など業務改善を推進。社労士試験に一発合格し、2025年「つばさ社会保険労務士事務所」設立。地域の中小企業を支えるパートナーとして活動中。
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