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沖縄の企業が知るべき「つながらない権利」―働き方改革の新常識

「休日なのに上司からメールが来て返信せざるを得ない」「夜遅くまで業務連絡が続き、プライベートの時間が確保できない」――このようなお悩みを抱える従業員が、沖縄県内の企業でも増えています。

テレワークの普及により、働く場所や時間の柔軟性が高まった一方で、「いつでもつながる」状態が当たり前となり、労働時間と私生活の境界が曖昧になっています。この課題に対処するため、世界では「つながらない権利」という新しい概念が注目されています。

本記事では、労務管理の専門家である社会保険労務士の視点から、つながらない権利の基本的な考え方と、沖縄の企業が今すぐ実践できる具体的な対策をご紹介します。読み終えた後には、自社に適した時間外連絡のルール作りに着手できるようになります。

 

「つながらない権利」とは?テレワーク時代の新たな労働者保護

 

世界で注目される「つながらない権利」の概要

「つながらない権利」とは、労働者が勤務時間外において、電子メールや電話、チャットツールなどのデジタル機器による業務連絡を拒否し、これに応じないことを理由に不利益な扱いを受けない権利です。

この概念は、単に時間外労働を回避するだけでなく、労働者の休息権や心身の健康保護、さらには個人と家族のプライベート権を守るための重要な権利として位置づけられています。

フランスでは2017年に世界で初めてこの権利を法制化し、従業員50名以上の企業に対して、つながらない権利について労使間で協議を行い、労働協約を締結することを義務付けました。その後、イタリア、スペイン、ベルギーなど、EU諸国を中心に法制化・制度化が進んでいます。

重要なのは、これらの国々では一律のルールを法律で定めるのではなく、企業ごとに労使の対話を通じて実情に合ったルールを策定するアプローチが採用されている点です。

 

日本国内での議論の現状と方向性

日本では、令和7年1月に厚生労働省の労働基準関係法制研究会が報告書をまとめ、「つながらない権利」について以下のように言及しています。

「勤務時間外に、どのような連絡までが許容でき、どのようなものは拒否することができることとするのか、業務方法や事業展開等を含めた総合的な社内ルールを労使で検討していくことが必要」

現時点では法制化には至っていませんが、労働政策審議会労働条件分科会でも継続的に議論されており、企業が自主的に対策を講じることの重要性が強調されています。

また、厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」では、長時間労働対策として以下のような具体的手法が示されています。

 

  • メール送付の抑制(時間外等に業務メールを送付することの自粛)
  • システムへのアクセス制限(所定外深夜・休日のアクセス制限)
  • 時間外・休日労働についての事前手続の明確化

沖縄の企業における時間外連絡の実態と課題

 

時間外・休日の連絡がもたらすリスク

厚生労働省が実施した「労働時間制度等に関するアンケート調査」によると、時間外の社内連絡について「対応したくない」と回答した労働者は38.0%、「できれば対応したくないが、やむを得ない」が8.2%に上ります。

特に注目すべきは、実際に時間外連絡に対応した労働者のうち、63.6%が「できれば対応したくないが、やむを得ない」と感じているという調査結果です。これは、多くの労働者が心理的な負担を感じながら時間外の連絡に対応している実態を示しています。

時間外連絡を放置することで企業が直面する主なリスクは以下の通りです。

 

労働時間管理上のリスク: 時間外の業務対応が「使用者の指示による業務遂行」と見なされた場合、その時間帯は労働時間に認定され、未払い残業代請求のリスクが生じます。

健康管理上のリスク: 常に仕事の連絡が来るかもしれないという心理的負荷は、労働者のストレスを増大させ、メンタルヘルス不調の原因となります。米国の研究では、時間外のメール対応が平均して週8時間に及ぶという調査結果も報告されています。

ハラスメントリスク: 勤務時間外の頻繁な連絡や対応の強要は、パワーハラスメントの一形態として認定される可能性があります。

当事務所でも、沖縄県内のある製造業の企業で、管理職が休日に部下へ業務指示のメールを送り続けたことが原因で、従業員がメンタルヘルス不調に陥り、休職に至った事例を経験しています。この企業では事後的な対応に追われ、結果として生産性の低下を招きました。

 

沖縄の企業文化と勤務時間外の連絡慣習

沖縄の企業文化には、人間関係を重視する傾向があります。この温かい企業風土は大きな強みである一方、時間外連絡の問題においては「断りにくさ」につながることがあります。

沖縄県内の企業では、以下のような特徴が見られます。

  • 観光業や飲食業など、繁閑期の差が大きい業種が多く、繁忙期には時間外の連絡が常態化しやすい
  • 中小企業では経営者と従業員の距離が近く、「気軽に連絡が取れる」関係性が時間外連絡の心理的ハードルを下げている
  • 台風など自然災害への対応が必要なため、緊急連絡体制の整備が重要となる

これらの地域特性を踏まえた上で、平時の時間外連絡と緊急時の連絡を明確に区別するルール作りが求められます。

 

厚生労働省の調査では、企業側の対応として「特段ルール等は整備しておらず、現場に任せている」が36.8%と最も多い一方、「勤務時間外や休日には、災害時等の緊急連絡を除いて連絡しないこととしている」が29.4%、「翌営業日に対応が必要など、急を要する業務に関する連絡のみ認めている」が27.1%となっており、ルールを明確化している企業も一定数存在します。

(出典:労働条件分科会 第204回 令和7年10月27日資料No.2労働時間法制の具体的課題について)

 

企業が今すぐ取り組める実践的な対策

 

就業規則・社内ルールの整備ポイント

つながらない権利を実効性のあるものにするためには、就業規則や社内ルールの明確化が第一歩となります。

就業規則への記載事項の例:

  1. 勤務時間外の業務連絡に関する基本方針(原則として勤務時間外の連絡は行わない、など)
  2. 緊急時の例外規定(災害時、重大な事故発生時など、具体的な状況を明記)
  3. 時間外連絡を行う場合の手続(事前承認、翌営業日の報告など)
  4. 違反した場合の取扱い(注意指導、懲戒処分の可能性)

重要なのは、ルールを作るだけでなく、その趣旨と具体的な運用方法を全従業員に周知徹底することです。特に管理職に対しては、部下への時間外連絡が労務管理上のリスクにつながることを理解してもらう必要があります。

沖縄県内のあるIT企業では、就業規則に時間外連絡のルールを明記するとともに、毎月の管理職会議で運用状況を確認し、ルール違反があった場合には個別に注意指導を行う体制を構築しています。この取り組みにより、従業員満足度が向上し、離職率の低下にもつながったとのことです。

 

システム活用による時間外連絡の制限方法

ルールを定めても、人間の意識や習慣だけに頼っていては実効性に限界があります。技術的な手段を活用することで、より確実に時間外連絡を制限することができます。

具体的なシステム活用方法:

メール送信の制限・予約送信機能の活用: 多くのメールシステムには、送信時刻を指定できる予約送信機能があります。時間外に作成したメールを翌営業日の始業時刻に自動送信するよう設定することで、受信者への心理的負担を軽減できます。

勤怠管理システムとの連携: 勤怠管理システムで打刻されていない時間帯は、社内の業務システムへのアクセスを制限する設定が可能です。これにより、物理的に時間外の業務対応を防ぐことができます。

チャットツールの通知制限: SlackやMicrosoft Teamsなどのビジネスチャットツールには、特定の時間帯に通知をオフにする機能があります。各従業員が自身の休息時間に合わせて通知を制限できるよう、設定方法を周知することが有効です。

三菱ふそうトラック・バス株式会社では、2014年から長期休暇中の社内メールを受信拒否し、自動削除できるシステムを導入しています。この技術的な強制力により、休暇中のメール処理時間が削減され、労働者の負担軽減と業務効率化が実現されました。

 

 

まとめ:持続可能な働き方の実現に向けて

つながらない権利は、単なる労働時間管理の問題ではなく、従業員の健康とウェルビーイング、そして企業の持続的な成長を支える重要な取り組みです。

今日から始められる3つのステップ:

  1. 現状を知る: まずは自社の時間外連絡の実態を把握するためのアンケートを実施する
  2. 方針を示す: 経営層として、従業員の休息権を尊重する姿勢を明確に打ち出す
  3. 小さく始める: いきなり完璧なルールを目指すのではなく、「22時以降の連絡は原則禁止」など、できることから着手する

 

沖縄の温かい企業風土を活かしながら、従業員が安心して働ける環境を整備することは、人材確保や生産性向上にも直結します。つながらない権利への取り組みは、「働きやすい企業」としてのブランド価値を高める投資でもあるのです。

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このコラムを書いている人

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玉城 翼(たまき つばさ)

社会保険労務士/1級FP技能士/キャリアコンサルタント/宅地建物取引士

1982年沖縄県宜野湾市出身。大学時代より地域貢献に関心を持ち、卒業後は販売・イベント・不動産業務など多分野を経験。その後、労務管理やキャリア支援に従事し、実務を通じて社会保険労務士を志す。

2021年より総務部門を統括し、給与計算・労務管理・制度改定・電子申請導入など業務改善を推進。社労士試験に一発合格し、2025年「つばさ社会保険労務士事務所」設立。地域の中小企業を支えるパートナーとして活動中。

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